皆さん、V1って聞いた事あるのではないでしょうか。よく映画やドラマでも、離陸のシーンになると、パイロットが「V1」って言ってませんか?CFIJapan.comの方に質問が出ていましたので、今回は、そのV1のお話をしたいと思います。
まずは、法的に何故V1速度が必要なのか。各国の航空局で定められている法律に、対空証明を取る為の飛行機の設計の法律という物があります。その中で、飛行機はカテゴリーと呼ばれる物に分けられています。皆さんの中にご存知の方もいらっしゃるとは思いますが、アメリカの場合、特別なカテゴリーを除くと、Normal Cateogory、Utility Category、 Acrobatic Category、Commuter Category、Transport Category、Manned free balloonsに分けられています。その内のCommuter CategoryとTransport Categoryの飛行機に対して、飛行機の性能を証明する法的な義務があります。Transport Categoryの飛行機に当てはまる飛行機の概要は、双発タービン機で重量12500ポンド以上の飛行機ですので、皆さんが知っているジェット機は殆どがこの輸送機に当てはまります。また、この法律の概要は、滑走路の距離は限られているのに、安全保証と証明無しに、大きな飛行機を離陸させようとしてはダメという事です。その証明に必要になってくるのが、このV1という速度の定義なのです。逆に訓練機のセスナ、ダイアモンド、シーラスはNormal Cateogryに当てはまりますので、V1速度定義の必要性がありません。
次に、一般的に知られているV1速度(V1速度のVはvelocityの事です、以後V1と略)の定義について紹介します。日本航空の辞典サイトに書いてある内容ですと、
離陸決定速度:ブイ・ワン(V1:take-off decision speed)輸送機が離陸滑走を開始した後,装備してあるエンジンまたはその他に重大な故障が発生したとき,離陸を中止するか,あるいは継続するかを判定し,その操作を開始する速度。ただし,V1は臨界発動機が不作動となったときの速度に,パイロットが認識して離陸中止の減速手段をとるまでの間に増加する速度を加えることになっている。
と、書いてあります。要は、離陸滑走中の際のエンジン関係の故障は、V1以前の速度であれば、ストップ。また、V1以降の速度であれば、そのまま続行(残りの滑走路内で止まれない為)という事です。
次に、どうやってこのV1を割り出しているのかという本題に入る前に、Balanced Field Lengthの理解をして頂きたいと思います。バランスの取れた滑走路の距離とはいったい何か…
飛行機を滑走路の離陸滑走開始地点に置き、ある一定の重量、パワー、フラップ、風、温度、また滑走路の状態で離陸滑走を開始させます。そしてV1に達する直前にエンジンを一つ停止させ、V1でmax brakeをかけて飛行機を停止させます。V1スピードが速ければストップするのに必要な距離が長くなりますので、滑走開始からストップまでの距離も長くなります。V1スピードが遅ければ、同じく滑走開始からストップまでの距離も短くなります。この距離を、accelerate-stop-distanceと呼びます。
一方、同じく、飛行機を滑走路の離陸開始位置に置き、ある一定の重量、パワー、フラップ、風、温度、滑走路の状態で離陸開始し、V1直前にエンジンを片方停止させ、そのまま離陸させ、飛行機を滑走路上空35フィート(法律によって定められた値)まで持っていきます。この際、エンジンを片方停止した後に来るV1スピードが速い速度に設定してあれば、35フィート地点に上昇し、次の速度V2に達するまでの距離が短く、逆にエンジン片方停止の際の飛行機のスピードが遅ければ、その分の加速と上昇はエンジン片方で行う事になりますので、35フィート地点にV2で達する為に必要な距離が長くなります。滑走開始地点からこの35フィート上空の地点までの距離をaccelerate-go-distanceと呼びます。
基本的に、この二つの距離が同じ値になる速度を飛行機の性能から逆算したものを通常V1と呼んでいます。V1速度は、ある一定の速度でaccelerate-stop-distance = accelerate-go-distance。この状態を、balanced field lengthと呼びます。
勿論、エンジンのパワーが強ければ強い程、加速も速く、短い距離でV1に達する事ができます。また、ブレーキの性能が良ければ良い程、V1の速度を速くする事ができます(速度が速くても同じ距離で止まる事ができる為)。しかし、通常のオペレーションでは、このように、エンジンの最大パワーを使わずに離陸し、エンジンの消耗をコントロールするのが、運航の技術なのです。
上記に挙げた単純なV1の説明では、最短の滑走路でV1に達し、離陸と中止条件両方に合うパワー(恐らくフルパワーでしょう)をセットするのが最大パフォーマンスの離陸ですが、通常の運航では、常に飛行機の性能に対して、最短滑走路を利用する訳ではありませんので、逆に、滑走路の距離を利用し、パワーを絞った状態でV1(accelerate-stop-distance = accelerate-go-distance)に達し、この距離を、滑走路の長さと一致させる事のできるパワーの値を割り出します。滑走路は、長ければ長いほどエンジンのパワーを出来るだけ使う事無く加速し、飛行機を35フィート上空まで持っていく事ができます。また、滑走路は、長ければ長い程、停止距離も余分ができますので、V1を上げる事ができます。この一定のパワーをReduced Thrustと呼んでいます。Reduced Thrustで行う離陸をReduced Thrust Takeoffと呼び、その種類の一つ(滑走路の距離ではなく、想定する外気温を変更する物)がFLEX Takeoffと呼ばれる離陸方法です。
最近の飛行機は、エンジンのパワーとブレーキ性能が良い為、Accelerate-stop-distance = 滑走路全部の距離 = accelerate-go-distanceへ近づける事ができます。accelerate-stop-distanceに関しては、ブレーキをかけ始めるV1を徐々に上げていくと、最終的には、丁度滑走路の末端で飛行機を停止させる事ができる、ある速度が見つかるはずです。accelerate-go-distanceに関しては、V1速度を徐々に下げていくと、最終的には、滑走路の末端地点で片方のエンジンだけでV2速度にて35フィートに達する事のできる、ある速度が見つかるはずです。この二つのV1値が丁度同じになる値が最適化されたV1速度なのです。
Screen Heightと呼ばれるこの35フィートの高さですが、汚れた滑走路(水、雪、ゴム、氷など)からの離陸ですと、15フィートに変わるのもルールの一部であり、滑走路の状況でScreen Heightの高さが変わってきます。また、「汚れた滑走路」からの離陸パフォーマンス計算は、緊急停止時の停止距離の計算をブレーキ使用だけではなく、逆噴射の利用も考慮した距離の計算が義務付けられています。逆に、以前に述べた、ドライ滑走路からの緊急停止距離の計算には、ブレーキのみ利用の距離を計算する事が義務付けられており、逆噴射の利用した場合の計算はされていません。
パイロットはこのV1速度を境に、次にやるべき事が変わるので、V1をはっきりとコールするわけです。最近の飛行機はコンピュータによる電子音声でのV1コールが入ります。FL510では、フライトスクールに行けば習えるような、あまり技術的にのめり込んだ話に捉われないような内容を投稿していますが、今回は少し技術的な話になってしまいました…皆さん、V1、お解り頂けましたでしょうか。
一般的に離陸最中、V1の次はVr (rotate、機首を起こす作業をする速度)、その次にV2(離陸安全速度)という順序に速度が来ます。次に、V2と呼ばれる速度、またそれとは他に、着陸のやり直しの最に使うVac (approach climbの略です)について書きます。
V1を過ぎた所で、飛行機はすでに残りの滑走路の距離では止まれない場所まで来ていますので、エンジンが片方故障しても、離陸を続行します。この際、エンジン片方故障ですので、飛行機の上昇性能も下がる訳です。V1の速度も証明されないといけなかったように、もちろん、V2の速度も一定の条件を満たせる飛行機の設計でないといけません。
輸送機のカテゴリーに入る飛行機では、離陸続行直後、片側のエンジンを一定のパワーで、機首をある一定の角度まで上げ、V2という速度を保てば、法的に下記の上昇性能以上が保証されます。
エンジン2発の飛行機では最低2.4%の総上昇率
計算:1マイル(海里のマイルです) 6076フィートですので、1マイルにつき145.82フィートの上昇。180ノットであれば、(180/60) x 145.82 = 437ft/min
エンジン3発の飛行機では最低2.7%
エンジン4発の飛行機では最低3.0%
*航空機の製造元から出版されている、上昇性能のチャートは、法的に総ではなく、純のデータですので、実際には、2発の飛行機では、0.8%、3発0.9%、4発1.0%を足して総上昇率の計算をします。また、Jeppesen航空チャートに記載されている山岳地帯にある空港からの離陸上昇に必要な上昇率は、総上昇率で表記されていますので、飛行機のマニュアルの純データを総に直してあげる必要があります。
では、具体的にコクピットで何をすれば、エンジン片方故障後、V2を保てるのか…簡単です。近代の飛行機には、フライトディレクターもしくは、フライトパスベクターと呼ばれる航空機の状況に応じて望ましい姿勢を位置してくれるシステムがあります。
中心の紫色二本の線がコマンドバー
離陸の際は、スラストレバー(エンジンの出力を調節するレバー)に付いているTO/GA (takeoff/go-around)スイッチを離陸前に押すと、飛行機のコンピューターへ離陸の意図を教えますので、Vr後は、そのコマンドに飛行機の姿勢を合わせてあげれば良いのです。離陸準備の際には、航空機の重量、フラップの角度、滑走路の状況、また天候を入力していますので、飛行機は自分が発揮できる性能を把握しています。エンジンが故障すれば、もちろんそれに合わせて自動的に、残りのエンジンの性能で、V2へピッチできる機首の角度へ変わります。ちなみに、離陸準備の際にセットが必要な、コンピューターが割り出したトリム、またスタビライザーの角度は、エンジン故障後の離陸続行の際に、操縦桿から手を離してもV2へ機首が向く操縦桿の圧力になるトリムをセットしているのです。ので、コマンドバーに近い機首の角度を自分で飛んでくれるはずですーフライトシミュレーターファンの方ご存知でした?
離陸続行後は、エンジン片側故障ですので、最寄りの空港へダイバートし、着陸します。もし、この際天候不良などの理由で、着陸やり直しになった場合、再びTO/GAボタンを押すことになります。この際にも重要な速度があります。Approach Climb Speedと呼ばれる速度です。Vacという型に略されています。TO/GAボタンを押した後は、エンジンが自動的にパワーを上げると同時に、コマンドバーはVacが保証できる機首の角度に上がります。もちろん機体の重量などはコンピューターに入力済みですので、飛行機は自分で自分の性能に合わせて機首上げを指示します。Vacで保証される上昇は、エンジン2発機の場合、2.1%の上昇、MD-11のような3発機では、2.4%、B747のような4発機では2.7%の上昇が保証されるという条件です。また、一旦着地してしまってからやり直しになった場合に保つ速度は、Landing Climbと呼ばれ、この速度によっての上昇率の保証は、エンジン数に関わらず3.2%となっています。
今回は、技術的な話が続いてしまいましたが、V2、またVac、TO/GAモードとコマンドバー、トリム設定の意味は理解して頂けましたでしょうか。安全性能が設計の時から組み込まれているのが、輸送機なのです。